メッセージ
ここでは最近のメッセージをご紹介します。横浜さちが丘キリスト教会で語られています、礼拝メッセージをご一読ください。


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the Bible!

「惨状を聞いて」
新約聖書 ネヘミヤ 1:1~4
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旧約聖書の流れ
①天地創造からエジプト移住まで
旧約聖書は、創世記から始まって大体歴史の流れに従って進み、エステル書で一つの区切りとなります。このことを聖書の内容から言いますと、天地創造からノアの箱舟までが一区切り、そしてアブラハムから始まるイスラエルの歴史となり、彼らはやがて、住んでいたカナンの地が飢饉となり、肥沃なエジプトに移り住みます。
②出エジプトから統一王国の形成
時は流れエジプトでの約400年の生活の後、イスラエルは兵士になれる男性だけで60万を超える一大民族となりました。女性や老人、そして子どもたちを数えれば、この3倍くらいはいただろうと言われています。
この民族がエジプトを出て、現在のイスラエル、当時でいえばカナンの地に戻ってきます。しかしそこにはエモリ人始め、多くの先住民族がいて、戦いがおこるのは必然でした。考古学的には、カナンの地への遊牧民族の移入、そして新しい国家の形成という証拠があるそうですが、聖書によけば、イスラエルは先住民族を征服し、やがて12部族からなる統一王国を作ります。このあたりがサムエル記のお話です。
③イスラエルの堕落とバビロン捕囚
しかし力を持つ者たちが堕落していくのはいつの時代でも同じようです。イスラエル王国は堕落し、南北に分裂、そして北はアッシリア、南はアッシリアを滅ぼし、メソポタミヤの覇権を握ったバビロニアに滅ぼされました。この時多くのイスラエル人がバビロンに連れ去られていくのがバビロン捕囚です。
なんだか歴史の勉強のようですが、旧約時代の歴史がよくわかると聖書の世界が見えてきます。バビロン捕囚は紀元前の604年から536年の70年と言われます。イスラエルは首都エルサレムが陥落し、ついにはエルサレムのシンボルだったソロモンの神殿、そして町を守る堅固な城壁が破壊され、神殿にあった財宝のほとんどはバビロンには奪い去られていきました。
④バビロンからの解放とエルサレム神殿の再建
バビロン捕囚はやがてバビロンがペルシャに滅ぼされることで終わりを迎えます。イスラエルを解放したのはクロスという有名な王様でした。そして解放されたイスラエルはバビロンからエルサレムに帰ってきます。このことがエズラ記とネヘミヤ記に書かれています。イスラエルは、ペルシャの融和政策というべき、国内の安定のためそれぞれの地域の宗教やある程度の自治を認める政策の中で復興を目指します。帰ってきたイスラエルの人たちがまず開始したのが生活の中心である神殿の再建でした。
⑤再建の妨害と神殿の完成
自分たちを支配していたバビロンが滅び、新しい支配者であるペルシャの寛大な政策の下、イスラエルの復興は進むかと思われていましたが、いつの時代にも既得権益、今まで自分のものとなっていた利権を手放したくない人たちがいます。それがサマリヤ人と呼ばれる人たちでした。彼らは最初、神殿建設の協力を申し出ます。(エズラ4:2) しかしゼルバベルに率いられたイスラエルは彼らの申し出を拒否します。彼らは「私たちは、あなた方の神を求めています」と言っていますが、バビロン以前のアッシリアの移住政策によって、サマリヤ人が純粋のイスラエルで亡くなっていったと同様、彼らの信仰が純粋なものでなかったからでした。彼らを受け入れることは、信仰の純粋性を失うことにつながるものでしたし、エルサレムで好き勝手に活動する彼らの活動を認めることにもつながったからでした。
しかしその決断はサマリヤ人の反発を招き、神殿の工事は16年の停滞を余儀なくされます。
神殿の再建はやがて、ハガイ、ゼカリヤ、といった預言者たちの活躍で6年後に再開し、4年で完成します。神の宮の奉献式は盛大に祝われ、人々に喜びがあふれました。
⑥神の民・イスラエルの再建
神殿が再建されたイスラエルでしたが、それだけで国が再興されるわけではありません。国の再興のためには人々の生活が立て直されなければならず、そのためには神様を礼拝する礼拝生活がその中心に据えられなければなりません。しかしその時のイスラエルは神殿は再建されたものの、そんな生活からは程遠かったようです。そのため神殿再建から58年してエズラが帰ってきます。彼はモーセの律法をイスラエルの人々にもう一度教えなおしました。
⑦城壁再建工事の妨害
しかしイスラエルの国が再建されていくことを喜ばない人たちの妨害は続きます。エズラ記4章に書かれているのはその一部に過ぎないと言われています。はじめイスラエルに取り入ることで、神殿を中心としたイスラエルの信仰を、彼らのように似て非なるものにすり替えようとしたサマリヤ人でしたが、それができないとなると今度は正面から反対に出ます。
特にアルタシャスタ王の時代、反対するサマリヤ人たちはペルシャの役人たちも巻き込んでイスラエルを訴えます。この反対はアルタシャスタ王に認められ、城壁の再建工事は武力によって中断させられてしまいました。
2.惨状を聞いて
解放から約90年、回復されることのないエルサレム。こんな妨害行為が続き、エルサレムの再建はままならなかったことがネヘミヤの耳に入ってきたのがここでの聖書の箇所です。時はB.C.445年、先人たちの多くの試みにもかかわらず、
「あの州の捕囚からのがれて生き残った残りの者たちは、非常な困難の中にあり、またそしりを受けています。そのうえ、エルサレムの城壁はくずされ、その門は火で焼き払われたままです。」:3 ということでした。
バビロンから解放されて90年が経とうとしていました。しかしイスラエルの再興は、国の中の一つの町エルサレムの再興さえもままなりません。神殿は再建され、人々の生活の中心はできましたし、エズラによって律法が再び教えられました。しかし城壁が再建されなければ、エルサレムの町は無防備のまま、敵は自由に出入りしほしいままにふるまうことができたからです。
3.祈りによる決断
ネヘミヤは、そんな一連の出来事を、恐らくつぶさに知っていました。なぜならネヘミヤはペルシャの王の側近中の側近である献酌官。役目は王に酒を注ぐ係り、と言ってしまえば給仕役のようですが、献酌官は王が毒を盛られないように、最も信頼されている部下がその任につきます。領土内の安定が最も大切なペルシャ帝国、そのため領土内の争い事には神経をとがらせていますから、ネヘミヤのもとにはイスラエルの情報はもとより、ペルシャ帝国内のあらゆる情報が入ってきていたはずです。
それゆえ、ここでネヘミヤはいろいろ聞いていたことを、改めて直接見聞きしてきた人から聞き、その惨状に心打たれ、涙したのでした。ここからネヘミヤは祈り、自分がエルサレムの再建、特に城壁の再建のため出ていく決断をします。ここまでが今日のお話です。何だか歴史の勉強のようですが、ポイントは二つ。ネヘミヤ記の背景となっている歴史の流れを少しでもご理解いただくことと、ネヘミヤが知っていた事柄の重大さ、悲惨さに改めて心動かされ、行動したことで。
4.私たちの城壁再建
それでは今、私たちが気がついて、再建しなければならないものは何でしょうか。私たちの生活でしょうか。信仰でしょうか。あるいは人間関係でしょうか。仕事でしょうか。教会でしょうか。今週一週間、神様の御前にそんな問いをするものとなりましょう。もし自分に問題がなければ、ネヘミヤのように、私たちの力が必要とされていることは何でしょうか。
「主に遣わされた者」
ルカ10:1~16
先週はイエス様が十字架にかかるご覚悟を決められ、エルサレムに御顔をまっすぐ向けられ歩んで行かれた、というお話でした。そして今日の1節にも、日本語にはなっていませんが、「御顔の前に」という言葉があります。私はギリシャ語の専門家ではないので正確だとは申しませんが、今日の出来事も、イエス様が御顔をまっすぐエルサレムに向けて進んでおられることと関係があるように思います。つまり、これからの十字架のため弟子たちが派遣されていく、ということです。
イエス様はここで、ペレアという地域に弟子たちを派遣されました。先週のプリントのように、イエス様はガリラヤからエルサレムに向かう途中、ペレアというヨルダン川の右側の地域に宣教されました。それがルカの福音書には、他の福音書にない多くの記事が書かれています。
今日の聖書の内容を整理してみますと、
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72人の派遣
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今までイエス様が宣教されてきた地域への宣告
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弟子たちを拒むものは遣わされたイエス様を拒み、その人はイエス様を使わされた父なる神を拒む。
内容的にはこの三つですが、もう少し細かく見ると、72が指名され、イエス様から「さあ、これから宣教に行きなさい」と二人一個組に分けられます。72人の派遣は、創世記10章から地上の民族は72民族といわれていた、ということと関係があるとか、モーセを助けた古代イスラエルの「長老」たちが70人だった(民11:16)ことに関係しているともいわれています。異邦人への宣教を視野に入れ、そして長老たちがモーセを助けたように、イエス様はご自分を助ける弟子たちを派遣されたということだと思います。また二人一組は互いに助け合うことと、その証言が事実だとされる最低人数、そして心ひとつにした祈りが聞かれると約束された人数でした。
そこで注意事項が与えられました。
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まず祈れ 収穫は多いが働き手が少ないから
宣教はれ祈りから始まりますし、豊かな収穫を期待するものと教えられます。あの国はよくても日本はダメ、というイメージを持ちがちではありませんか?もう一度収穫は多い、という信仰に立ちましょう。そして働き人が起こされるように。うちの教会もいろいろなところから働き人が送られているではありませんか。
あなた方は羊がオオカミの中に送り出されるようなものです。何も持って行かず、各家で平安を祈り、家にとどまることができたならそこで出されたものを飲み食いしなさい。
これは不思議に聞こえます。さあこれから宣教に行く、というのに開口一番「そこは怖いところです」と言われ、何の備えもしないで行け、というのです。また、道行く人にあいさつしなければ、失礼と思われ誰も口きいてくれないのでは? 靴も履かない人間を家の中に入れるなんて…。日本人の感覚ならいろいろな疑問が生まれます。
このよう箇所は、弟子たちが直面する罪びとの現実をつたえているところですが、もっと重要なところは、彼らが大牧者であるイエス様の羊だということです。それゆえすべてのことは供えられ、守られていくので、安心して神の国だけを伝えていきなさい、という意味ですし、挨拶をしないのは、私たちのする「こんにちは」といった短いあいさつではなく、そこでなされるいろいろなことの安否を問うたり、これからどこへ行くのかなど長い話をしがちなイスラエルのあいさつのことです。いずれにしてもこの時のイエス様は「父を葬ることを許してください」という人に「神の国を伝えるほうが緊急性のあることだ」と言ってお許しにならなかったぐらいですから。
ここから神の国を伝えたいと願う者は、宣教に専心するため、この世のものを捨てていかなければならないことを教えられてきました。
あなた方はどこに行っても、病人をいやし、「神の国が近づいた」といいなさい。
これは弟子たちがこのために専心してなすべきことです。それが病人の癒しと宣教です。このことは現代の教会にも受け継がれています。たとえイエス様の時のように癒しの奇跡が起こらなくても、教会の祈りを通して多くの人はいやされてきました。何よりも病気が治るだけでなく、新しい人生を見出し希望を持って生きるようになってきたことが何より勝る癒しだと思います。そして宣教のため神様から召されたのが教会の人たちです。教会は「エクレシヤ」=呼び出されたもの、です。教会の人たちは神様が大切な福音を伝えてほしい、と呼び出された人たちの群れです。
もしあなた方を受け入れないなら、大通りで足の塵を払い落とし決別の言葉を言い、もう一度「神の国は近づいた」と言いなさい。
これは厳しく聞こえるかもしれません。イエス様は福音を伝えた人たちが受け入れないなら、だれもが見えるところであなた方と私たちは何の関係もない、といったことを言うように言われますが、それでも最後に「神の国は近づいた」と言えと言われます。私たちは出ていくが、あなた方が求めるなら、神の国はすぐそこにある、と言われているように思います。
イエス様は弟子たちに宣教のための注意事項ともいうべきことを言われたのち、ご自分が宣教されてきた町々を呪うかのように裁きの宣告をされました。コラジンでイエス様が何をなされたのか、私たちは知ることができません。福音書に記されてないからです。でもベッサイダ、そこはいやしの奇跡はもとより、あの五千人の給食がなされた地です。そしてカペナウム、イエス様がナザレから移り住み、宣教を開始され、宣教の拠点とされた地です。そこにはペテロやヨハネの家もありました。イエス様と弟子たちのホームタウンです。
イエス様が多くの奇跡をなされ、福音を語り続けたにもかかわらず、そしてカペナウムは弟子たちとともに愛された地、しかしそんな地のためイエス様は悲痛な宣告をしなければなりませんでした。これがイエス様のなされた宣教の現実です。
それでは「収穫は多い」とはどういう意味でしょうか。確かにそこでは多くの人たちがイエス様を信じました。しかし彼らを導き続けることができず、彼らがイエス様から離れていってしまったのかもしれません。
ここから学ぶことは何でしょう。イエス様は十字架に向かっておられるのですから、エルサレムに行くことだけを考えてもよいのかもしれません。しかしながら先程の話の通り、神の国を伝えることを最優先事項のようにされています。十字架のイエス様はすべての弟子たちに見捨てられ一人死なれていくことを考えると、むなしい努力のように見えます。
しかし私たちは復活されてイエス様が何をなされ、その後教会がどうなっていったかをよく考えなければなりません。イエス様は復活された後、
Ⅰコリ15:6 「その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。」
その活動は40日にも及び、特にエルサレムにいる人たちには
イエスは苦しみを受けた後、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。四十日にわたって彼らに現れ、神の国のことを語られた。使徒たちと一緒にいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けましたが、あなたがたは間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられるからです。」 使徒1:1-5
イエス様は復活ののち弟子たちを呼び集め、それから始まる教会の働きのため働き人を備えていたのではないでしょうか。そして使徒たちを中心にエルサレムで産声を上げた教会はステパノの殉教から始まった迫害によって北へと拡大していきます。実際北へと信徒たちが逃げていくのですが、そこで人々が福音を伝え、教会を建てていきます。しかしそこには、イエス様から福音を聞いた人たちがいました。
イエス様の備えがあってこそ、初代教会の前進がありました。「主の山に備えあり」という約束が聖書にあります。神様は私たちのため備えてくださり、私血を用いようとしてくださるお方です。私たちも神様のためいろいろなことをしようとします。そんな私たちのため、神様のほうも共に働き備え、私たちと共に働き続けてくださいます。
主の備えと、ともに働いてくださることを信じ、私たちはこのお方を伝えてまいりましょう。
エルサレムの北、そこはれサマリヤです。そこにはふしだらな生活をしているといわれていた女性から始まった宣教がありました。そこに迫害の中、ピリポが逃れていき大きなリバイバルが起こりました。
また迫害者サウロ、のちのパウロですが、彼が天からの光に打つ倒されてイエス様と出会ったのは「ダマスコに行く途中」でした。ダマスコはガリラヤのもっと上、今のシリヤの一部です。教会が急速に北のほうに伸びていった証だと思います。イエス様が福音を伝えた弟子たちは一度イエス様が離れましたが、復活のイエス様に出会い、各地に散らされて教会をたて上げていったのではないでしょうか。
このことを推測に過ぎないといわないでください。イエス様のご生涯は「宣教と弟子づくり」に費やされたといわれています。そして最も重要とされたのが弟子たちを育てることです。なぜでしょう、やがてご自分が天に帰られてから、福音宣教の主役になるのは弟子たちだったからです。その弟子たちがイエス様が天に帰られた後、確かにバトンを受け継いだので、教会は迫害の火の粉をかぶらなければならないほどに成長していったのです。教会が当時の権力者に目障りにならなければ、決して迫害など起きません。
今日も主ははたらいておられます。そして私たちを用いようとしてくださるお方です。
「天に名が記されている者」
新約聖書 ルカ 10:17-24
先週はイエス様が72人の弟子たちを宣教のため派遣された、というところでした。その時イエス様は、宣教のため何も用意するな、と言われます。それは神様がすべてをご用意くださることを弟子たちが経験するためです。そして今日は、その時派遣された弟子たちが帰ってくる場面です。
弟子たちは喜んで帰ってきた、と言う所から今日
の箇所は始まります。今日の聖書の内容を整理してみますと、
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72人の帰還 :17-20
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喜びにあふれたイエス様 :21-22
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幸いな弟子たち :23-24
まず弟子たちが帰ってくる場面です。その喜びは「イエス様の名を用いると、悪霊が従った」ということでした。今でも悪魔祓いという働きはカソリックの神父の大切な働きですし、「エクソシスト」という映画は実話に基づいて作られたものです。聖書に出てくる、そして聖書が認めている悪魔や悪霊は、今も働き続けている、と言うのがキリスト教の立場です。そんな悪霊を「あなたの御名」=イエス様の御名 によって従わせられた、と言うのです。
これはイエス様が弟子たちに授けた「権威」による、ということです。蛇やサソリ、と言うのはサタンや悪霊たちの象徴です。そしてイエス様も「サタンが稲妻のように天から落ちる」のを見た、と言われ、喜んでおられる感じがします。このサタンが落ちた、と言うのが何を意味するのか、サタンは天使が堕落したと言われるので、その時天から落とされたことなのか、今「空中の権威を持つ支配者」(エペソ2:2)と言われているので、天から落ちたのかなど見解が分かれますが、ここで大事なことは、悪霊が服従することでなく、天に名が記されていることを喜べ、という言葉です。
つまり、悪霊を従わせる権威を持った、とか悪霊が出て行くようなすごい技ができた、とかいうのでなく、自分たちの名が天に記されている、つまり自分たちのことが天の神様に覚えられていることを喜べということです。このことは、いつも天の父が私たちを見ていてくださっている、ということですし、どんなことがあっても見捨てられることはなく、私たちの周りに起こる出来事のなかにも神様の御手がある、無関係ではない、と言っている箇所です。
先週私はこどもの国キリスト教会の20周年記面の会に行かせていただきました。こどもの国の教会は1998年4月に土地60坪の借地の上にJECAの教会の協力によって建てられた建物のなかで、角田先生といくつかの教会から派遣された17名のメンバーで礼拝が始まりました。
そして教会は成長し、2005年、7年たって頃には礼拝が70名くらいいたそうですが、その頃からそれまで抱えていた問題が表面に出てきて、瞬く間に人が減って行き、2014年、本多先生が赴任するころには、礼拝が20名ほどになり、地区から牧師給与のため支援を受けなければならない状態になっていました。そこで起きた問題は教会の一致です。いろいろなところから来たメンバーたちは一つになることがとても難しかったようです。
それゆえ本多先生は、各教会を回って「もう一度こどもの国教会を支援してください」とお願いすることを決意されました。このままでは、毎年の借地料を支払うことも難しい、と判断したからです。でもそんな矢先でした。ノンクリスチャンの地主の方ですが、「この土地を皆さんにささげます」といてくださったそうです。その話を聞いた時私は「神さま覚えていてくださった」と思いました。
私たちにとって、どんな時でも神様におぼえられている、このことは何と力強いことではないでしょうか。
「小さな群れよ、恐れることはありません。あなたがたの父は、喜んであなたがた
に御国を与えてくださるのです。」 ルカ 12:32
ここまでで終わると、いろいろな意味で「今日はいいメッセージだった。」と言っていただけそうですし、台風も来るから早く終わりに、とも言いたいところですが、あと半分お聞きください。
イエス様は弟子たちにこう言った後、
「聖霊によって喜びにあふれて」言われました。今度はイエス様の喜びです。その喜びの理由は何でしょう。それは「これらのこと」= 天に名が記されることを天の父は「幼子たち」に現わされたから、というのです。それまで隠され、多くの預言者や王たちが知ることを許されなかったこと、そのことが「賢い者」= 自分の知恵や経験によって判断する人たち、には隠され 「幼子たち」= 素直に受け入れて従う人たちには明らかにされた、そのことをイエス様は聖霊によって喜びにあふれておられます。そしてこのことを天の父も喜んでおられる = みこころにかなったこと、と言われました。
「自分たちの名が天に記されていること」を幼子のように信じるひたちのことを、なぜイエス様と天の父なる神様は喜ばれるのでしょうか。それはその人たちが教会を建てあげていくからです。どんなに迫害が激しくなっても、礼拝を守り、散らされていく所々で福音を述べ伝えていった初代教会の人たち、その人たちを支えたのは自分たちは天の神におぼえられているということをただ信じる人たちでした。このおさなごが親を信頼するような信仰こそ、信じる者がどんな困難にも打ち勝つことが出来る原動力です。
そしてこの原動力が私たちの生き方のいろいろな時に具体的に表されなければなりません。それは、どんなに嫌なことが起こっても、それを神さまのゆるしのもと私に与えられた、と思うことです。私がそこで神様から学ぶべきことがあると受け取ります。嫌な人なら、どうしたらその人を愛することが出来るか、受け入れられないことに直面したら、神様は私に何を語っておられるのかを知ろうとします。
神さまへの信頼は、ダイヤモンドの中心にある光です。私たちはその光を生活のあらゆる面で輝かせなければなりません。そのためにはダイヤモンドがカットされかがやく面ができるように、私たちも生き方が変わらなければなりません。それが神様の見方に立とうとすることです。神様の視点からものを見ようとすることが出来ると私たちは変わります。