今週の聖書

新約聖書 ルカによる福音書 4章 1節

 「さて、聖霊に満ちたイエスは、ヨルダンから帰られた。

  そして御霊に導かれて荒野におり、」

 この箇所は、イエス・キリストが救い主としての働きを始める時、荒野でサタンの試みを受ける場面です。ところが聖書をよく見ると「御霊に導かれて荒におり」とあります。同じ個所をマルコによる福音書では「御霊はイエスを荒野に追いやられた」(マルコ1:12)といった強い言い方をしています。このことから、イエス様のあった試みは、サタンによるというよりも神様ご自身の意思による、と言えるのだと思います。

 私は以前、「サタンが試みるならわかるけど、神様が人を試みたりするのか」と思ったことがありました。しかし聖書にははっきりと書いてありました。「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」(ヘブル人への手紙12:5,6)

神さまは、愛する子どもだからむちをうつ、そう教えられた時、苦しみに会ったとき、それを積極的に受け止める大切さを教えられました。人生にはいろいろな苦しみがやってきます。避けて通ることが出来ないものもたくさんあります。でもその時、神様が私たちを愛してくださっているのでこの苦しみが与えられている、と思いましょう。神様は私たちがその試練を乗り越え、成長することを期待しておられます。ヤコブの手紙には「試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。」(1:12)とあります。神さまに「よしと認められる」人となりましょう。「いのちの冠」が待っていますから。

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