神谷牧師

神奈川県の緊急事態宣言が解除されましたので、横浜さちが丘キリスト教会の礼拝、祈祷会など諸集会を再開いたします。しばらくの間は「三密」を防ぐため座席の間をおいて座ったり、アルコール消毒を頻繁に行うなど気を付けてまいります。新型肺炎の蔓延がすみやかに終息し、罹患された皆様の早期の回復を心よりお祈り申し上げます。

 

集会案内

 

   礼拝 日曜 午前10:30

   夕拝は当分お休みします。

   教会学校 日曜 

     礼拝 10:30-11:00

         (おとなと一緒です)

     分級 11:00-11:30

   祈り会 水曜 午後7:30

 聖書を学ぶ会 木曜

     午前 10:30-12:00

  ゴスペルフラ 第一金曜

   午前 10:30-12:00

    

二俣川駅、ジョイナステラスから教会までをご紹介します! 

 ​二俣川駅改札を左に出て、ジョイナステラス

に入らずに右に曲がり、坂を下ってください。

詳しくはこちらを

クリックしてください。

  このホームページでは、ジョイナステラスの

ある二俣川駅から、教会までの道のりを写真

でアップしました。ぜひ右の写真をクリック

してください。

    教会周辺の地図は下にあります。↓

オンラインにて礼拝を配信しております。

ぜひご覧ください。

https://youtu.be/KCc8LKEATEs

今年で9年、決して忘れてはならないことがあります。私たちはこの日から「絆」という大切なことを学びました。今、新型肺炎の流行がとまらない時、もう一度お互いのことを思いやり、一つとなってこの危機を乗り切ってまいりましょう。

 2011年 3月11日 午後2時46分 東日本大震災

今日も聖書のことばを読みながら歩みましょう。

  5/27(水)  申命記 24:18   

 「あなたがエジプトで奴隷であったこと、そしてあなたの神、主が、そこからあなたを贖い出されたことを覚えていなければならない。それゆえ私はあなたに、このことをせよと命じる。」 :18

 

この箇所は、社会的に弱い立場の人たちを助けるように、神様が特別な配慮を示されているところです。そしてその理由として、イスラエルがエジプトで奴隷であったこと、そして神様がそこから彼らを自由にされたことを忘れないためであることが言われています。

  私たちも自分たちがどんなところから救われ、今どんなものにされたのかを時々考えることが必要です。そして与えられた私たちは、与える者に、愛を受けたなら神様と人を愛し、赦されたのなら人の悪を思わず、赦す人になりましょう。弱い人たちを顧みることは、私たちがどれだけ弱い時に助けてもらったかを教えてくれ、私たちを謙遜にしてくれます。 

日本福音キリスト教会連合(JECA)

横浜さちが丘キリスト教会のホームページへようこそ。私たちの教会は、ドイツの宣教団によって始められ、日本福音キリスト教会連合(JECA)に属する伝統的なプロテスタント教会です 。エホバの証人、モルモン教、統一協会とは一切かかわりはありません。

神谷牧師

私たちの教会をわかっていただくため、まとめてみました。

クリックしてみて下さい。↓

 毎月第一金曜日 

  午前10:30~12:00  

※次回は未定です。

  新型肺炎の影響を懸念して

  6月まではおやすみです。

                        ゴスペルフラ ↑

  キリスト教会伝統のゴスペルフラのレッスンです。レッスン代は一回500円。ベビーシッターがいますので、お子様とご一緒にお出かけ下さい。予定では次は2020年の7/3(金)すがまだはっきりと申し上げられません。講師の先生の動きがよく分かるように、大型の鏡が導入されています。見学は無料ですのでご遠慮なくお越しください。

       

ごいっしょにフラを
おどりませんか?

ゴスペルフラには、ベビーシッターがあります。ぜひお子様連れでご参加ください。

横浜さちが丘キリスト教会は、相鉄線・二俣川駅より徒歩6分の所にあります。北口に出て、厚木街道を希望が丘方面に直進し、さちが丘の信号の手前の地下道を左折していただくか、今なら南口を出てすぐ左折すると、駐輪場に続く道があります。線路に沿って希望が丘方向におりていくと、教会に続く駐輪場のある道に出ます。

地下道をくぐってもこの駐輪場の道に出ますので、そこから直進すると1分くらいで左手に教会が見えます。

「私は山に向かって目を上げる。私の助けは、

  どこから来るのだろうか。

  私の助けは、天地を造られた主から来る。」

          詩篇121篇1.2節

                           太宰治のよく読んだ聖書のことば

​こういう時はじっとしてようニャン

 

ヨハネ 21:1~14

 

「変わることのない主」

 

  1. この後

イエス様は弟子たちに、復活されて少なくとも二回はお会いになっています。前回は「平安あれ、神がわたしを遣わされたように、わたしもあなた方を遣わす」と言われ、弟子たちをこの世界に神の国をのべ伝えるために派遣する、と言われました。それならば、「あなた方はガリラヤに行け」と命じられてもいたこのガリラヤでの再会は何のためだったのでしょう。

 

  1. イエス様に命じられたとおりにすると大漁

ここには、シモン・ペテロ、ゼベダイの子たち:ヤコブとヨハネですが、少なくとも元プロの漁師が3人います。そしてテベリヤ湖畔は彼らのホームグランドですし、「小舟」とは、冠詞つき前から使っていた特定の舟といった意味ですから、彼らの地元で昔の舟を使って漁をしていた、と考えられると思います。ところが夜通し働いても何にも取れない、むなしい朝を迎えました。

 

そんな中彼らは岸に立っている人のアドバイスに素直に従い網を下ろしますと「おびただしい魚」が網にかかりました。弟子たちと岸までの距離は約100m、夜が明け初めたという薄明かりのせいなのかもしれません、岸にいる人が誰だか、最初はわかりません。ところがこのおびただしい魚の数が採れたとき、ヨハネ(あの弟子)は「主です」と気づきました。これはルカ5章の経験。 夜どうし働いても何も取れなかったとき、ペテロやヤコブ、ヨハネたちはイエス様に「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。」と言われ、そのとおりすると大漁でした。

ここで弟子たちがは、

「イエス様の言葉に従えば収穫がある。」という事をもう一度経験しました。

 

この世に遣わされるものとして、弟子たちがもう一度知らなければならなかった大切なことがこれです。

リーベンゼラの宣教師の方のお話です。彼とは阪神大震災のときにボランティアに一緒に行きました。いつもいないと思うと31などで、アイスクリーム食べていました。しかし彼が日本に来たときの証を聞いて、神様がこの方を日本に遣わされた、と言うことがよくわかりました。

彼が日本に来ようとしたとき、お父さんは末期の癌。もう、余命いくばくと言われていたそうです。そんな中で、彼はお父さんの最後のときをともに過ごして、日本に行こうと思ったそうですが、彼のお父さんは彼を呼んで、「お前が神様の御心に従うのでなければ、私は安心して天国にいけない。すぐに日本に行きなさい。」と言って彼を送り出したそうです。そして彼は日本でお父さんについての知らせを待っていました。すると数ヶ月してきた知らせは、お父さんが回復していると言うことでした。そして数年して日本にこられるまでになりました。

「神様に従うことでどんなに祝福されるか、父を通して教えられました。」とベック先生は証しされていました。私は私たちの教会がこのような宣教師の先生たちの労苦によって開拓され現在に至っていることに大きな神様のご計画を感じるものです。

 

イエス様のことばがない人間だけの働きのとき、そこに収穫はありませんでした。このことは私たちの人生全般でも同じです。私たちの人生で価値ある結果を出したいなら、神様のことばに従うことです。弟子たちはみこころに反していたと言うことではありません。しかしイエス様はあえて弟子たちを派遣する準備として、もう一度がリラヤの地で弟子たちとお会いになりました。それは働き人として一番大切なこと、神のことばに従う祝福を弟子たちがもう一度体験するためでした。

 

2. 弟子たちは今もイエス様との親しい交わりの中にある

弟子たちが大量の魚を運んで陸に上がって来ると、なんとそこにはイエス様が食事の用意をして待っておられました。ここはガリラヤ湖畔(=テベリヤ)、イエス様と弟子たちが三年半の間、多くの時を過ごした地域。彼らはイエス様との懐かしい日々を思い出したに違いありません。

そしてこのことこそ、この時の弟子たちには大切なことでした。何故でしょうか。彼らは十字架のイエス様を見捨てて逃げて行った、イエス様を裏切った経験をもつ者たちだったからです。彼らがここから確信を持ってイエス様を伝えていくためには、イエス様との関係が元のように親しい交わりの関係に戻る必要がありました。弟子たちが派遣される前に知らなければならない二番目のことは、イエス様は以前と変わらない、私たちを愛し、ともに歩んでくださる方なんだということでした。

復活後のイエス様は恐れて隠れていた弟子たちに、ご自分のほうから近づいて行かれ、一言も責められずに新しい使命を与えられました。そしてここでは、弟子たちを迎えて、イエス様ご自身がもてなしてくださいました。彼らはことばを語らなくても、イエス様はあのときのまま、私たちが親しく「主よ、主よ」とお呼びしていた方だと実感したに違いありません。この愛の交わりの回復をイエス様は願われたのでありましたし、そのためガリラヤという場所、弟子たちにとってよそ行きのエルサレムでない、ホームグランドの場所を選ばれたのでした。

 

3. 私たちへの約束

  • 神様に従うことは大きな収穫につながる。従おうとする苦労が多いほど、神様の顧みも大きいのです。神様に従う大変さを感じる時、黙々と従っていく時に神様の栄光を見るのです。

 

  • 人は神様との愛の関係の中を歩むものです。何か立派なことをしなければならない、というのが先ではない。神様は私たちの弱さ、罪をよくわかっておられるかた。私たちが罪あるまま、足りないことばかりな存在でも、神様は私たちをそのまま受け取り、ゆるし、愛し、弱さの中に大きな恵みを表して用いてくださるお方です。このことを経験することが神様と愛の交わりの中を歩むことです。

※ このホームページに掲載されている聖書は、新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会からの引用です。

 

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